もの忘れ外来のご紹介
当院では認知症サポート医の立場から、まず認知症の症状が現れた患者さんに対し、血液検査や画像診断などで、脳梗塞、慢性硬膜下血腫、脳腫瘍、うつ病、甲状腺障害、ビタミンB12欠乏症、葉酸欠乏症など治療可能な認知症(treatable dementia)の原因の有無を調べ、早期に診断・治療を開始することが主な役割になります。
正常な老化と認知症の違い
老化は、細胞レベルでの機能低下が全身に現れる自然な現象です。具体的には、脳では神経細胞の減少や脳萎縮、心臓ではわずかな拡大と酸素消費量の低下、収縮期血圧の上昇、呼吸量や膀胱容量、腎臓の機能低下などが見られます。一方で、多くの高齢者は精神的には活発であり、日常生活に大きな支障はありません。ただし、アルツハイマー病のような認知症は、正常な老化とは異なり、深刻な記憶障害や行動の変化を伴う異常な脳の変化です。
認知症では脳の何が故障するのか
認知症では、数十億の脳細胞の間で交わされる連絡や伝達が障害されます。知覚、推理、注意、判断、記憶、直感などはすべて重要な認知機能です。記憶とは、体験やものごとに関する情報を蓄えて、必要に応じてすぐに取り出して活用したり、将来の利用に備える能力をいいます。脳の側頭葉の内側にある海馬は、情報を区分けして、いくつかの断片にまとめ、それを脳のいろいろな部位にある貯蔵所のネットワークに組み入れます。記憶が長い間蓄えられるためには、強化という過程が必要になります。記憶の強化は、注意と反復、そこから連想される心象を必要として長期記憶となります。感情を伴った出来事も長期記憶として残ります。
老化によってかなりの数の脳細胞が、小脳・大脳・海馬で失われるとそれぞれ平衡感覚、運動機能、記憶の障害があらわれます。これ以外に、一人で生活することが出来なくなるような障害では、神経の変性も関係しています。ニューロンが変性するもので、加齢によって起こる障害よりも多くは重いものです。アルツハイマー病、パーキンソン病、前頭側頭型認知症などの多くの疾患があります。発病には、脳の中で血管のあるタンパク質が作られるという特徴が見られる場合もあります。健康な細胞は、血管のあるタンパク質を処理してしまいますが、神経変性疾患では、これらのタンパク質が蓄積して塊を作り正常な神経細胞の機能を阻害し始めます。
認知症の兆候と症状
認知症に共通する特徴には以下のものがあります。
- 重い記憶障害
- 決まりきった仕事や複雑な仕事ができなくなる
- 混乱
- 人格の変化
- 抽象的思考ができなくなる
- 妄想や異常行動
- 集中力低下
高熱や脱水、ビタミン欠乏や栄養不良、甲状腺機能異常、薬物の副作用、頭部外傷等で体の状態が脳の変化を引き起こして認知機能を低下させることがあります。しかし、このような状態は一時的で突発的であり、回復するものです。他方、継続するもの忘れや混乱は、アルツハイマー病、血管性認知症などの兆候です。自分自身や大切な人にこのような症状があると気づいたら、歳のせいにしないことが大切です。
うつ病と認知症の関係
憂うつという言葉は、不快な気持ちによる一過性の気分の落ち込みを表しますが、うつ病は、記憶や思考、集中力の低下、絶望感、かつては楽しみだった活動が出来なくなるなどの重い病気を意味します。高齢者では、認知症と間違われることがあります。定年退職や配偶者の死亡と言った生活の変化から、うつ病が発症することがあります。
せん妄と認知症の関係
せん妄は精神的な混乱、支離滅裂な会話、意識の混濁がみられる状態です。認知症と間違われることがありますが、重要な違いは、せん妄の徴候や症状は突然起きることです。急に起きる見当識障害、攻撃性、意識消失、幻覚などは、認知症よりもせん妄である可能性が高いといえます。せん妄は、しばしば、肺や心臓の病気、細菌性髄膜炎、栄養不良、薬剤の相互作用、内分泌疾患に罹患している高齢者に起こることがあります。認知症の患者さんもせん妄を発症することがありますが、尿路感染などによってしばしば起こります。うつ病やせん妄が単独で起こっていても、認知症に合併していても、うつ病とせん妄はともに治療が可能なことを記憶にとどめておいて下さい。
アルツハイマー病とは
アルツハイマー病は、知性と記憶、筋道立ててものを考えたり、学んだり、意思を通じ合う能力を少しずつ奪っていく病気です。死は往々にして8年から10年以内に訪れます。アルツハイマー病では、まず脳細胞の基本構成であるニューロンが冒されますが、それはまず記憶の中心となる海馬で生じます。海馬でのニューロンの消失は、記憶の損失がアルツハイマー病の初期段階から起こるのと合致します。それから、前頭葉、頭頂葉、側頭葉、大脳辺縁系へ広がります。大脳辺縁系は、本能、意欲、感情に影響を与える部位であることから、アルツハイマー病でしばしば認められる攻撃的な行動や妄想は、この領域におけるニューロンの消失によって説明されます。
アルツハイマー病と関連する神経伝達物質の消失
- アセチルコリン:注意力、学習、記憶に重要
- ドーパミン:身体の運動調整に関与
- グルタメート:学習や長期記憶の形成を助ける
- ノルエピネフリン:感情の調整に寄与
- セロトニン:気分の維持や不安の調整を担う
軽度認知障害MCIとは
正常な老化で起こる認知機能の低下と、アルツハイマー病の初期徴候は明確な境界がなく、連続した状態にあります。この移行期は軽度認知障害(MCI)と呼ばれ、正常な老化からアルツハイマー病への進行過程を示しています。
軽度認知症の人の思考と判断能力は保たれており、日常生活動作は正常です。しかし、記憶障害、特に新しい記憶の障害は正常な老化によるものと比べると高度に障害されています。
アルツハイマー病はどのように進行するのか
アルツハイマー病の進行は、個人の年齢、遺伝、健康状態、生活歴などで異なりますが、病状が進むと共通の症状が現れます。認知、行動、日常生活の基本的機能の観点から、アルツハイマー病は軽症、中等症、重症の3段階に分類されます。
軽症アルツハイマー病
初期のステージでは、多くの人たちは自分が抱えている問題をあまり意識することはなく、あまり関心を持ちません。この病識の欠如そのものがアルツハイマー病のひとつの症状でもあります。
ごく初期の徴候や症状には、次のようなものがあります。
- 同じ質問を繰り返したずねる。
- 会話中に正しい言葉をみつけるのに苦労する。
- 料理などの慣れ親しんだ仕事ができなくなる。
- 抽象的思考ができなくなる。
- 最近の出来事を思い出せない。
- 物を本来置くはずがないところに置いてしまう。例えば財布を冷蔵庫にいれてしまうなど。
- はっきりとした理由もないのに気分や行動が突然変化する。
- 集中できなくなる。
- 周囲の状況に興味が持てなくなる。
- 身だしなみや他人に対する礼儀に無関心になる。
- 自分の置かれている状況や、周囲との関がわからなくなる。
- 慣れた道で迷ってしまう。
慣れ親しんだ場所やもの、決まり切った仕事に執着して、新しい場面に立ち入らないことで、記憶の問題を補おうとすることがあります。記憶の障害が自分でもわかってくると、不安感、挫折感、絶望感が生じます。こうした感情を他の人にぶつけることもあります。うつ病もこの段階でみられることがあります。
中等度アルツハイマー病
このステージでは、家族や友人たちも以上を感じ取り、注意を払うようになります。正しい判断を下したり、はっきりとものを考えたりすることも難しくなってきます。これまでは、病院に行くことを嫌がっていても、いよいよ医師を訪ねるようになります。アルツハイマー病の診断は、この段階でおこなわれます。
- ガスコンロやストーブなどを消し忘れる。
- いつもの薬を飲み忘れる。
- 請求書の支払いをする、食料品の買い物にでかける、食事の準備をするといった計算や計画に関連した作業が困難になる。
- 靴ひもを結ぶ、家庭用品を使いこなすといった慣れを必要とする動作が困難になる。
- 読み書きを含めて、意思を伝える能力が失われてくる。
- 攻撃的になり、怒りの爆発、閉じこもりなどの行動が見られる。
- 人前でその場にふさわしくない行動をする。
- 夜になると怒りっぽく、落ち着きがなくなる。
- 異常に長い時間眠ったり、全く眠らなかったりする。
- 幻覚や妄想が出現する。
このステージでは、予期せずに介護をすることになったご家族とアルツハイマー病と診断された本人との間で新しい人間関係を形成する必要があります。
重症アルツハイマー病
このステージでは、本人は考えたり、判断したりできないところまで悪くなります。食事をしたり、フロに入るなど日常生活をおくるにも介護が必要になり、人格は完全に変化していきます。
- 記憶はわずかに存在するか、全く失われている。
- 言葉をはなしたり、理解するのは難しくなる。
- 感情をごくわずかしか表出できない。
- 物や人をつかんで手放さない。
- 他人を認識するのが困難になる。鏡に映った自分を認識することも困難になる。
- トイレや入浴、服を着たり、食事を取るなど身の回りのことすべてに介助が必要になる。
- 頻繁な失禁。
- 次第に衰弱して感染症にかかりやすくなる。
- 食事を噛んで飲み込むことが困難になる。
アルツハイマー病の末期になると、寝たきりになり衰弱してきます。アルツハイマー病そのもので死に至ることはまれですが、肺炎のような感染症を契機になくなることが非常に多くなります。アルツハイマー病と診断されてから死に至るまでは、平均して8〜10年といわれています。
そのほかの認知症
血管性認知症
血管性認知症は、脳への血流の停止または低下する脳梗塞、血管が破裂して起こる脳出血などの脳卒中が原因で起こります。精神機能は、繰り返す脳卒中に伴って段階的に悪化します。そのほか、脳卒中の危険因子である高血圧症、高コレステロール血症、糖尿病も影響します。血管性認知症の方は、元々の脳卒中による麻痺、言葉が不自由になるなどの症状に認知症の症状が加わることになります。
レビー小体型認知症およびおよびパーキンソン病と合併する認知症
レビー小体とは、脳細胞を破壊するタンパク質が沈着したものです。レビー小体が脳全体に広く存在すると、アルツハイマー病とパーキンソン病の症状を併せもつレビー小体型認知症になることがあります。集中力の低下と認知障害がしばしば初期症状となります。続いてパーキンソン病と関係する体のこわばりやふるえが起こってきます。幻覚は特徴的な症状です。 パーキンソン病の患者さんの30〜40%は、最後に認知症を発症します。パーキンソン病は、四肢のこわばり、ふるえ、倒れやすくなるなどを特徴とする手足が不自由になる病気です。アルツハイマー病の患者さんにも、レビー小体を持つ人がいます。
パーキンソン病の患者さんの30〜40%は、最後に認知症を発症します。パーキンソン病は、四肢のこわばり、ふるえ、倒れやすくなるなを特徴とする手足が不自由になる病気です。アルツハイマー病の患者さんにも、レビー小体を持つ人がいます。
前頭側頭型認知症
前頭側頭型認知症は、行動障害と人格障害、言語障害、記憶障害を特徴とする病気です。前頭葉と側頭葉が最も障害を受けやすいことが名前の由来です。前頭側頭型認知症の一種がピック病です。ピック病は50から60代に発症し、その症状はアルツハイマー病に似ているため、初期では診断が困難なことがあります。脳内の異常なタウ蛋白質の蓄積がこの病気の発生に関与している可能性があります。
アルツハイマー病の診断
早期診断の重要性
記憶障害や気分の変調がある場合、医師はまずアルツハイマー病以外の、治療可能な疾患(パーキンソン病、脳腫瘍、甲状腺機能低下症、ビタミン欠乏症など)を除外する検査を行います。認知症症状の5~10%はこうした治療可能な病気が原因です。また、早期診断により、患者自身が将来の法的・財産管理などの準備を進め、家族も今後のケア計画や費用の見通しを立てる時間を確保できるため、非常に重要です。
成城脳神経クリニックの認知症医療
当院では認知症サポート医の立場から、まず認知症の症状が現れた患者さんに対し、血液検査や画像診断などで、脳梗塞、慢性硬膜下血腫、脳腫瘍、うつ病、甲状腺障害、ビタミンB12欠乏症、葉酸欠乏症など治療可能な原因(treatable dementia)の有無を調べ、早期に診断・治療を開始することが主な役割になります。一方、アルツハイマー病と診断された場合は、認知症疾患医療センターにご紹介します。その後に進行を遅らせる薬物治療とともに、日常生活支援、さらに患者本人やご家族が法的・財産管理など将来に備えるための支援体制を整え、包括的なケアを提供しています。